牛丼業界は価格破壊の最先端を行っていた業界だろう。デフレが続く日本経済の中で、牛丼一杯280円という革命は、他の飲食店業界にとっても脅威だった。
残念ながら、いまはその安売りのツケを払っているといえるだろう。牛丼業界は深刻な客離れと売上の低迷に苦しんでいる。
三光Mフーズの「東京チカラめし」。新機軸の「焼き牛丼」で牛丼御三家の吉野家、すき家、松屋を猛烈に追い上げる勢いだった。
だがそれも大手牛丼三社が同様の商品を展開始めると、力尽きた。チカラめし食べて、力尽きた。
「半年で39店一気に閉鎖 「東京チカラめし」何があったのか」
三光Mの売上高は2014年6月期の業績予想を大幅に下方修正した。売上高は20.8%マイナス。店舗閉鎖に伴う損失を含め、7億円を超える損失を計上した。
東方見聞録などはじめとする飲食店業界も低迷した。
原因はコンビニの競争や急激な出店による過密エリアができたことという。
もちろんそれも原因であろうが、一番大きな原因は「安売りから抜け出せなかった」、「顧客が求めるニーズを掴めなかった」ことにあると思う。
そんな中
「なか卯が牛丼を販売終了へ 12日からは「牛すき丼」投入、他メニューも強化」
キン肉マンの牛丼として一時名を馳せた「なか卯の牛丼」が静かに販売中止となった(2/10)。継続商品として「牛すき丼」を投入するが、牛丼は基本的には同じゼンショーグループのすき家に一本化することになった。なか卯は本来の丼ものやうどんに集中する。
牛丼御三家が苦しむなかで、それ以外の小規模チェーンの再編が進みだした。
最も牛丼御三家自体も主力商品の値下げが功を奏さず苦戦をしてきた。
だがこの冬吉野家が一歩抜きでたかのように思える。
「吉野家、1月の既存店売上高14%増 すき家と松屋は1%減 」
吉野家の既存点売上高は昨年12月の前年同月比16%増につづき、この1月も14%増だった。対するすき家と松屋はいずれも1%減である。
大きな理由は吉野家が昨年末に投入した「牛すき鍋膳」である。
特製の鍋でぐつぐう煮込むすき焼きが提供される。並盛りで580円だ。
発売と同時にヒットした。
「吉野家の新商品「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」が、発売2カ月で700万食突破」
吉野家は「うまい、安い、早い」の牛丼業界を長く縛ってきたコンセプトから抜け出し、「うまい、安い、ごゆっくり」という新コンセプトを打ち出した。これが当たった(かのように見える)。
筆者も2月になってようやく食べてみた。実はそれ以前にも吉野家を訪れるチャンスはあったのだが、この牛すき鍋膳を頼むには至らなかった。オペレーションがとてもきちんと回っているとは思われず、カウンターを見渡すと、食べ終えた鍋が片付けられずのこったまま。スタッフがいま作業している牛すき鍋膳に時間がかかり、牛丼そのもの提供も遅れがちだ。まだ客数が少ないからなんとかなっているという感じだった。そんな中で、牛すき鍋膳の注文は躊躇していた。
そんな感じでようやく食べてみたのが深夜1時だ。そこそこ客数はいたが、さほど待たずに運ばれてきた(友人が頼んだ牛丼はもっと早く来た)。
前評判通り、熱々の鍋で煮込みながら食べるすき焼きはとても美味しかった。ただ甘すぎる。横で牛丼を書き込む友人が羨ましくなった。まあ、一度食べればいいかな?そんな味だった。
そして、冬はいいけど、春先からはどうするのだろうという勝手な心配もよぎった。
吉野家は「牛すき鍋膳」というオリジナル商品を投入し、低価格競争から抜けだそうとした。それは半ばうまくいった。だが、吉野家のファンが「どんなもんか一度食べてみよう」という動機で来店したのも確かであろう。店内を見渡しても「新しい客層を掴んだ」とはとても思えない。ゴリ押しのオペレーションでなんとか乗り切っているだけのようにも感じられる。
マクドナルドを始め、低価格のファーストフード業界はのきなみ低迷している。コンビニの台頭はその大きな理由であろう。ただ、コンビニでも買えるような商品しか提供できていないのもまた事実である。
顧客は低価格にも反応しなくなった。価格が下がれば需要が上がるというのは、経済学の原則だ。だが、その価格弾力性は1を切った。それどころかもはや0であろう。要するに需要曲線は垂直である。この罠にハマっている。
だが安易な価格上昇は顧客に受け入れられない。需要曲線を右にシフトすることのできる本当の意味でのオリジナル商品か革新的なコンセプトの提供が求められている。
吉野家は「牛すき焼き鍋膳」と「ごゆっくり」という新商品と新コンセプトを導入して、ある程度は需要曲線を左にシフトさせた。だがそれがホンモノでなかれば押し戻されるだろう。
すき家もだまってはいない。
「「すき焼き」メニューが復活すき家の「牛すき鍋定食」販売開始」
というニュースが流れた。
すき家から言わせてみれば「復活」ということらしいが、まあでも吉野家の好調をみての真似と言わざるを得ない。こんな商品で「老舗感」を出してもしょうがない。
すき家は吉野家に比べるといろんなメニューが多々ある。しかも、深夜帯はスタッフが少なく、強盗に入られまくられている。牛すき焼き鍋を準備している間に「食い逃げ」が増えるんじゃないかと危惧する(笑)
オペレーション的には吉野家よりも不利であろう。
吉野家にとってはこれでも十分に脅威だろう。新コンセプトのもと提供される新しいメニューが安売りに巻き込まれば、全てが崩壊する。
「ごゆっくり」はメニューの提供だけではだめなはずだ。内装、メニュー全体の構成、スタッフの質。すべての改革が求められる。
この先も目を話せない業界である。